オタクと難病とわたし

オタクと難病とわたし

アラサー女の病気や恋愛やオタク趣味に誰が興味あるってんだい

療養とプライド


どうもです。
今日はなにもない1日でした。
というのもおかしい話ですが。だって私は自宅療養中の身。家でただひたすら療養しているのが本来の姿なので。なにもないのが普通なんですよねたぶん。



でも、療養ってなんでしょうかね。

こんなにブログ書いてTwitterもしてると、自宅療養中のくせに元気なやつだなオイと思う人もいるかもしれません。

毎日好きなだけ寝て、用意された食事を食べ、好きなだけネットして、寝る。
断片的に見れば、お仕事や学校に毎日行って頑張ってる人から見たら、イラつくぐらいうらやましく映っているかもしれない。


でも実際は、起き上がるのも大変だし、ゾンビみたいにしか歩けないし、歩けてもすぐ疲れて足に力が入らなくなるし、横になってるだけなのに息が苦しくなることもあるし、1日に何回も熱が上がったり下がったりして辛いけど寝続ける体力がなくてしんどいばかりなんだぜ。

いまいちしんどさが伝わらないかもしれないけど、なにか一つの動作、歩くとか腕を上げるとかほんとに何気ない普通の動作をするのにも、身体がすごく重くて、そしてすぐにかくっと力が抜けてしまうんです。なにせ筋肉動かないマンなんで。


こんな身体でニートしてても全然楽しくないんだな。インフルとかで高熱で寝込んでるとき、「会社休めてラッキー!」ってそうそう思えないよね。
元気があればなんでもできるけど、元気がないとなんにもできない。
楽しいってのは、身体と心が元気でないと感じられないんだな。
本当の『元気じゃない』状態になって初めて知ったことだけどね。



こちらの記事→で現在の進捗を書きましたが、自分をあげるためにいいとこしかあえて書きませんでした。

でも実際は、だいぶよくなってきてるとはいえ、まだまだ必要最低限の動作もきついです。
トイレに行くのも一苦労、着替えも一苦労、歯を磨くのも座りながら倍に時間がかかりながらやってる感じ。


退院して7週間。その間に状態が悪化しなかったことはかなりの救いです。
先の記事でも書いたけど、悪かった時に比べたらほんの少しずつはよくなってきてる。
でも、まだまだ、日常生活をまともに送れているとは到底言えない。

その現状に、事実に、心が踏み潰されそうになる夜もたまにあります。
いつまでこのままなんだろうって。
でも、鬱ってても良くなるわけじゃないんで、とりあえず寝て、ネットして、気をそらして、なんとかやっているのが今の私です。






療養とは、病気を治すために休むこと、だそうです。

私の病気は治らないので、治すためというよりは、日常生活を送れるように、そしてその先にある社会復帰までもっていけるようにすることが目的です。


今の自分の状態を客観的に見ると、いつそこまでいけるのかが全く不透明というか、果てしなく遠い未来のようにも感じられて、ただただ絶望と悲しみにのまれそうにもなります。

でも、やってくしかない。
ただそれだけを、何度も何度も言い聞かせて、挫けそうになるのを堪えてます。


オタク楽しい!ってのも本音だし、ブログやTwitterで明るく振舞ってるのも嘘ではないけど、そうして自分をなるべく上へ上へ上げておかないと、とてもじゃないがやっていけない。こころが。
っていうちょっと本音ポロリ。



なんにもできない今だからこそ、ブログで気持ちの整理をしたり、Twitterで誰かと話したり、時々無理をしてでも外出したりすることで、回復するためのいろんなリハビリとしているのです。

自宅に引きこもっていると、世の中のことがすぐわからなくなるし、人との繋がりを細々とでも続けないとどんどん内に篭ってしまうから、ネットとか少しの外出とかも私にとっては意味のあるものなのです。唯一の外との繋がりだから。






自宅療養って、プライドを捨てることから始まるのかもしれない。とふと思いました。

自分は病気だ。休まなくてはいけない。回復するためには今までしてきた無理をやめ、自分を甘やかさなくてはいけない。

簡単そうに、というか羨ましく見えるかもだけど、バリバリ仕事とかしてる人とかは特に、このプライドを捨てて療養するのって大変かもしれない。

だって、今までバリバリ働いてきたのに周りに迷惑をかけてまで休まなきゃいけない、できてたことができない、いつ良くなるかどうすれば良くなるのかわからないままただただ過ごすしかない、って、かなり精神的にくるよ。


私なんか、20歳くらいから病気持ちで度々療養経験があるから、もうそこそこプライド捨てられていると思うけど、それでも、社会から強制的に切り離されたという絶望感は何度経験してもめちゃくちゃきついし、なんで今まで大丈夫だったのにまた悪くなったの、っていうなんとも言えない悔しさは本当に耐えがたい。


ブラック企業に心を壊されているのに辞められない人は、もしかしたらそういうプライドや、恐怖心があってなかなか休むことができないのかもしれない。
休むことで、今まで築いてきた社会との繋がりを無くす絶望感、また1からやり直さなきゃいけない絶望感。
そうしてどんどん追い詰められて、そのうち休むという選択肢が視界にも映らなくなるくらいになってしまうのかも、と思った。


そうして転がり落ちるように休めることになっても、回復へ向かうために休むことができるようになったのに、プライドが邪魔して、自分を責めてしまったり、きちんと療養することへの負い目があってストレスになってしまったりすることも、あるかもしれない。


ちゃんと療養するためには、自分は病人だ、休まないとまたあそこには戻れないんだ、なにもできないんだ、って認めて、プライドを捨てないと、つらい。
でないと、なんて自分は弱いんだ、情けないんだ、って自分を責めて、許せなくなるから。
私は、そうでした。



でもね、プライドがあるからこそ、社会復帰するための意欲になるってことでもあるから、一概にそのプライドが悪いわけじゃないと思うのです。

ただ、療養が必要になってしまったこと、今も頑張っている人を見ながらも自分は自分と割り切って甘やかすことを認めないと、療養してても自責の念で死にそうになる。
だから、諦めるって大事だなと。



病気持ちの人ならなんとなくわかると思うんですが、できることとかが普通の人よりは少なくなった時、悲しいし悔しいけど、ある程度は「しょうがない」と諦めて、今の自分にできることをめいっぱいやった方がいい場合もあるんですよね。

もちろん、諦めずに挑戦して頑張り続ける人もいるし、そういう人は本当に本当に尊敬するけど、それができない人もやっぱりいるんです。私とか。

諦めることで、今自分にあるものを大切にすることで、人生を楽しめる。
諦めずに挑戦し続けることで、人生を輝かせている。

どっちも間違いじゃないし、人によっていい気持ちの収まり方や向かい方があると私は思うのです。




だから、頑張って頑張って頑張りたいし頑張らなきゃいけないって思っててもどうしても辛くてどうしようもなくなったら、とりあえず諦めてみるのも手なんじゃないかと思うのです。
そこで一回休んで、諦めて別の方へチェンジしてもいいし、休んで力溜めてからもう一回チャレンジでもいいと思うのです。
諦める=もう2度とできない、というわけじゃないと思いますし。






病気のせいで諦めたこと、いくつかあります。

その中のうちのひとつ、子供の頃から唯一続けてきた本当に本当に大好きな趣味で、形は変えても結局離れられなかった。

心から好きで、楽しくて楽しくて仕方なくて、ずっと続けたい、ここまで続けてこれたってことはこれが私の人生で必要なものなんだと気づいたその年に、今の持病である重症筋無力症を発症しました。


なんとか続けようと頑張りましたが、私の身体と体力で続けていくことは無理だと、月日とともに理解していきました。

緩やかに絶望していったあの日々を、まだ鮮明に覚えています。


それからも別のものを見つけて追いかけて、なんだかんだ楽しく過ごしてはきましたが、やっぱりあの好きなものは心のどこかでずっと引っかかっていたし、あれだけ離れられなかったのに忘れることなんてできないし、もういいやって顔をしてても何年も経った後でも時々発作みたいに夜1人で泣いたりもしました。


でも、そこから9年経った今、私が望んだ形とは違うけど、一度は諦めたその好きなものに携わっています。

それももう何年も前からやり始めてはいたんですが、ようやく、あの諦めた気持ちの収まりどころが見つかったというか、本当にやり続けたかった形とは違うけど、これでいい、とちゃんと思えるようになりました。


それは、形を変えてもやり続けてきた積み重ねとか、自分が期待した以上のレスポンスがあったとか、いろんな要素があったからなんですが、やっぱり好きだ、という気持ちと、私ならどんな形になってもできるというプライドがあったからなのかな、と思ってます。

自分が諦めたものを身近に見続けながら、形を変えてやり続けることは楽しくもあったけどめちゃくちゃ辛いときもありました。
私ができないことをやってる人を見ていると、「私はやりたくてもできないのに、なんで真面目にやらないの」と勝手にイライラすることもありましたし。


ただ、自分がやりたくてもできない、というのは周りにあまり出さないようにしてました。
私は今の、形を変えてやってるこれがやりたくてやってるんだ、っていう顔でやることを意識していました。
それは周りに気を使われるのが嫌だったのもあるし、そう言い聞かせることでよりそれが好きになりますようにっておまじないをかけてるようなつもりもありました。
実際に、形を変えてたものも、大好きなものだったので。



まあ、今の状態だとそれもできなくなってしまって絶望中なんですけどね〜〜〜〜!!!(笑)

でも、やりようによってはまたやれると思ってます。絶対戻ってやるわクソ。絶対やめねぇ。

こんだけ人生の大半関わってきたことをそうやすやすと諦めきれるかってんだ!!!!

やりようでいくらでも関わっていけるって気づいちゃったもんね〜〜〜〜〜!!!!!!残念でした〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!

すっぱり諦めてきたものもたくさんあるけど、これだけは譲れねぇ。
死ぬまでなんらかの形でやってやんよ!!!!!!!!





てなわけで、人間諦めも肝心ですが、ある程度のプライドがあるからこそ生きていけるということでもあると私は思ってます。

休むためには、ある程度は「自分は休まなくてはいけない」という諦めも必要です。
休むことになっても、自分を責めなくていいです。諦めてしまえ。だってしょうがねぇもん無理なもんは無理よ。
責めなくていいんだよ。やれなくていいんだよ。


休むときは余計なプライドは一旦締まっちゃうおじさんに明け渡し、きちんと療養なり休養なりして心も身体も回復させて、HPとMPとついでにオーバードライブゲージも満タンにしてからまた頑張っていったらいいと思うけどどうかな。


私はそうして諦めることで、今の療養中の自分の気持ちを保っています。
時々どうしようもなく情けなくなったり、絶望したりもするけど、でもそれもしゃあねぇ、だって今私療養中だし。って思って、やっています。

これに縛られることはないけど、自分の気持ちの収まりどころを見つけると、だいぶ楽になるよ。





できれば、病気と闘ってたり、療養してたりする人がブログとかTwitterで元気に振舞ってるのを、「なんだ、元気じゃん」って思わないでほしいな、と思います。


見えないところでいろんなものと闘って苦しんでるけど、明るく振舞うことで自分を奮い立たせているのかもしれない。

ほんの少ししか愚痴や弱音を吐かない人だって、本当はもっともっと辛くて言いたくて仕方ないけど言えなくて、やっと出せた1割くらいの気持ちがその一言かもしれない。


自宅療養中だって、伸び伸びと好き勝手に休んでるわけじゃないと思うので。
いろんなものと戦いながら、蓄えて、回復するために頑張っているのです。



病気あるなし関係ないけどね、
誰しも見えない戦いや辛さや苦しみがあることを忘れずに、「いつも頑張ってるね、お疲れさま」って気持ちでいたいです。




あなたもお疲れさま。
頑張ったね。

良い週末を。



ありがとうございました。






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